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平和の架け橋~モスタル~

バカンスだったクロアチアを離れ、今日から旧ユーゴ圏を回ります。

まず最初に訪れたのはボスニア・ヘルツェゴヴィナ

第2の町であるモスタルへやってきました。


ボスニアはヨーロッパなれど、15世紀から400年続いたオスマン・トルコの支配の影響を受けて

イスラム教徒が多く、どちらかといえばトルコに近い。

↓町の至る所でモスクを見かける。
mos-mosk.jpg


↓トルコでよく見たお土産。
omoyage.jpg


ボスニアといえば、思い浮かぶのはボスニア戦争ですね。

1990年代に旧ユーゴスラビアが解体した際、

キリスト教徒が大半を占めるセルビア人主体のユーゴスラビアと

独立を希望するボスニア・ヘルツェゴビナとのこの紛争は記憶に新しいと思います。



このモスタルの町も中心を流れるネレトヴァ川を挟んで

東側がムスリム系のボスニア人

西側がキリスト教系のクロアチア人

と古くから住み分けがされています。

↓モスクと教会が共存している。後ろに小さいけど十字架が見えます。
mosuku-t.jpg



そしてユネスコの世界遺産となっている、モスタルの1番有名な観光スポット、

スターリ・モスト


この石橋は東側と、西側とで古くから住み分けがされていた、

この町の平和の架け橋として町のシンボルとなっております。

↓こちらがスターリ・モスト
mos-hasi1.jpg
mo=hasi2.jpg


↓下からの眺め。
hashinoshita.jpg


実はモスタルとは「橋の守り人」という意味なんですね。

両者が長く共存して暮らしていたこの町の歴史を物語っている感じがします。


↓橋からのダイブが度胸を試す
diving.jpg


さて、このスターリ・モスト1993年にモスタルの町とともに

破壊され、10年以上たった2004年になってようやく復元されたようで、

町を歩けば、戦争の生々しい傷跡をそこらで目の当たりにします。

↓銃弾の跡が残る建物
jyuudanato=mo.jpg


↓破壊されたままのビル
IMG_4872.jpg


しかし、現在では紛争の傷も癒えてきて、この町は実に平和な観光地に戻っており、

人々の表情も明るくなっているように見えました。

この平和がずっと続きますよう。。。

↓雑草のように道端に生えていたいちじくの木
itijiku2.jpg



<ぷちモスタル情報>
○交通情報;ドブロブニクからモスタルへ行く人へ
        バスで行くことが可能です。
        95.5KN(約1500えん)

○宿情報;Hostel Miran
     住所 Lazetica 13, Mostar, Bosnia-Herzegovina 88000

     ドミ 20KM(約1200えん)
     WI-FIあり。
 キッチンもありとなってますが、これは果たしてキッチンと呼べるのかというような代物です。。
廊下に無理やり設置したような感じでしたが、まぁぎりぎりパスタくらいは
作れます。
シャワーのお湯は温めて溜めておくタイプなので、2人ほど使ったら、また温まるまで
待っておかなくてはならず、そこが少し不便でした。
駅からは歩いて5分ほど。立地は悪くないです。

↓こんなキッチン
kitin.jpg

↓頑張ってプッタ・ネスカを作った。これくらいは出来ます~
puttanesuka.jpg


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