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世界一有名な壁

もともと予定に入ってなかったんですが、盗難騒ぎにあったため、予定変更して

ドイツはベルリンにやってきました。

超~物価高なため、西はあまり行かない予定なんですが、ここでは知り合いさんが

泊めてくださると暖かく申し出を下さったため、行くことになりました。

いやーありがたい

ハンガリーからここまで、家電屋さん回ってPC探していたものの、中々いいのがなかったんだけど、

ここドイツでやっと価格・大きさ・機能共に気に入るものが見つかりました!良かった・・・・


↓2代目PC。サムスン製。アジアだからか、日本語表記も入ってた!素晴らしい・・・
IMG_0003.jpg


そして、我が愛しの妹君が、放浪しているワガママな姉の為、送ってくれた荷物も

無事届いてました
家族に感謝。

せっかくなので、ベルリン市内もきちんと観光してきます。


ベルリンといえば、そう、ベルリンの壁ですね!

今でも1部が残されているんですが、アーティスティックな壁に様変わりしてました。

↓歴史を目の当たりに・・・
bekabe.jpg
bekabe4.jpg


しかし、壁というイメージから、ものすごくたかーいものを想像してたんだけど、せいぜい3Mほど?

思ったより小さかったのが意外でした。

↓ぁたくすがちょうど壁の真ん中くらい
bekabe3.jpg


そう、そして「ベルリンの壁」というものが実際どんなものかご存知ですか?

ぁたくすも、何となく歴史で習ったよなーって感じだったんですが、調べていくにつれて、色々分かってきました。

まず、これは第2次世界大戦にかかわってきます。

敗戦国となったドイツは、戦勝国である、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連
4カ国によって管理されることになるんですが、ベルリンはソ連が管理していた

ドイツ東部にありながら、ナチスの本部があった関係でこの町もやはり4カ国の

共同管理となったことが始まり。

しばらくして、資本主義国である、アメリカ・フランス・イギリスが統治

していた西側が、西ドイツとして、社会主義国であるソ連が統治していた東側が、東ドイツとして、独立を

果たしたので、結果として、ベルリンの西半分が東ドイツ内にある西ドイツの飛び地として、

残ることとなりました。

↓図で見るとこんな感じ
o0380038211289600189[1]
               ドイツ領事館のHPより
 

しかし、東西の対立が激しくなり、、資本主義の西ドイツが発展を続ける中で、社会主義の東ドイツは、

経済が停滞し、国民の際活は厳しくなる一方。なので、次第に西から東に逃亡するベルリン市民が続出すること

となる。

なので、政府はコレを防ごうと、東ドイツが西ドイツとの境目に壁を作ることとなった。

これが、いわゆるベルリンの壁。

壁は西ベルリンをぐるりと囲むように約160kmにわたって建設され、その結果西ベルリンは

文字通り陸の孤島と化したのでした。

↓こんな感じ。
belrin.jpg


ただし、壁で隔てられていたものの、行き来が全く出来ないわけではなく、

西ドイツに住む人々は東側を訪ねたり、西ドイツから東ドイツ領内を通って、

西ベルリンへ行くことも許可さえ得れば一応可能だったみたいなんですが・・・

そのためには、チェックポイントなるものを通過せねばならず、

かなり厳しい審査があった上に、東ドイツを通過する際は制限時間が設けられていて、

その時間内に東ドイツ内を抜けねばならなかったり、かなり面倒だったみたいです。

そして、東ドイツの住民は西側へ行くのはほぼ不可能だったようで。。。

↓現在も残されているチェックポイント
check.jpg



ところで、ベルリンの壁崩壊の原因ってご存知ですか?

実はちょっとした放送事故がきっかけだったんです。

国民の不満も高まり、行き来の自由化を求められていた当時、

ついに東ドイツの政府が、西側への旅行を許可する法案を固めました。

しかし、まだいつから実行されるか決まってなかったんですが、

東ドイツのTVニュースが誤って

   「その日から自由化が実行される」

と報道してしまったため、そのニュースを見た大勢の東ベルリン市民が壁に押しかけ、静止する警備員も、

   「今日から自由化やで!」

と大勢の市民に詰め寄られて、訳が分からなくなり、ついには抑えきれなくなって、

チェックポイントを開放してしまったというのが原因だったらしい。

なかなか間抜け・・・いや、面白いきっかけだったんですね。

今はもうモニュメント化した一部の壁しか見ることが出来ないので、どこに

壁があったのかはガイドや説明を見なければ分からなくなっています。

↓ここに壁があったんだよー
kabeato.jpg


それでも、東と西では、町の感じが少し違い、近代的な西側とは打って変わって

東側では共産圏特有のでっかい無機質な建物があったりして、当時の名残を感じることが出来ます。

↓東側の風景
yoinn.jpg


今回はなかなか歴史に触れた、内容でございました。

次回はベルリン市街について触れてみたいと思います~



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[ 2011/07/12 20:14 ] ドイツ | TB(0) | CM(2)

ハチさん(笑)

確かに妹は大事にしないとやな(笑)・ではハチサンに代わって贈り物をしておこいう・・
今桃が美味しい季節やから
その妹君に(笑)届けとくわ(笑)
[ 2011/07/15 16:02 ] [ 編集 ]

Re: ハチさん(笑)

> すっしー。
ちょっとー!それ毎年の楽しみ・・・
えぇえぇ今回は、我が愛しの妹に譲りたいと思います。

いつもありがとう~~!!^^
[ 2011/07/17 05:33 ] [ 編集 ]

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