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ボスニア料理とは。

さてさて、次に予定してるは、あまりイメージの良くない?セルビアでございますが。


その前に、ボスニアで食べたものをご紹介。

1国1レストランの巻~


     ボスニア・ヘルツェゴヴィナ料理とは何ぞや?

きっと想像不可能だと思います。笑

ボスニアの料理はオスマントルコの影響が強いムスリム食であり、

こってりした味付けのものが多く、乳製品や肉がメインです。

特に牛肉・ラム・子羊・豚肉を網焼きにしたり直火で焼いたりして食します。

歩き方に載ってた、雰囲気の良さげなレストランに入ってみました。

↓期待の持てる外観
SARA-REST.jpg

↓おもちゃみたいな店内
SARA-TENNAI.jpg


そして、最もポピュラーなメニューとして、


ボサンスキ・ロナッツというものがあります。

ジャガイモなどの根野菜のシチューでトマト風味。

ボスニアの郷土料理の定番とも言われています。

なんとなぁく読めるメニューを見ながら注文。
menu=sara.jpg

↓こんなのが出てきました!
SARA-REST2.jpg


素敵なアプローチの仕方ですねー。お皿に乗ってるよりよっぽど美味しそうに見えます。

実際、日本人も大好きだろう、トマトシチュー風味で、とても美味しかったんですが。

それから、もう1つの定番、

ソガンドルマこれも、典型的なボスニア郷土料理でたまねぎ+ひき肉、つまりたまねぎの肉詰め。

ここでは、色んな野菜の肉詰めでした。

↓キャベツにピーマン~
SARA-REST1.jpg

日本でも食べれそうな感じですが、少し違うのが、上にヨーグルトがかかっているのと、

(この酸味がこってりしたスープとマッチして美味しい!)

お肉がほぼ100&?赤身肉でした。日本だと合い挽き肉ですね。

赤身のお肉なので、胃もたれもせず、美味しく食べることができました。

そして、締めにボスニアコーヒー!!

これまたトルココーヒーと酷似していて、使ってる道具や飲み方も一緒!

↓小菓子付きが嬉しい
BOS-COFFEE.jpg

これだけ食べて、約1200えんでした。

ボスニアにしては、まぁまぁな値段だったかな?

ついでに作ってたものも載せちゃいます~

↓鶏の煮込み。昔働いてた店の真似して、一切水を使わず、水分は野菜からのみ!で作ってみました。
 うま。(自画自賛)
sa-nikomi.jpg



さて、次は悪者扱い?されてるセルビアへ行って来ます~

また覗きに来て下さい~



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他民族の町~サラエヴォ~

ボスビアの首都、サラエヴォにやってきました。

モスタル同様、この町も至る所でモスクを目にし、やはりヨーロッパというよりトルコに近い。

↓バシチャルシャ広場の様子。

赤瓦葺き屋根の木造建築が所狭しと立ち並び、かつてボスニア・ヘルツェゴビナを支配したトルコ的な雰囲気が漂う旧

市街にある職人街です。

SARA-HIROBA-U.jpg


↓旧市街の様子。モスクのミナレット(尖塔)が見える。
HIROBA=SARA-U2.jpg

↓ムスリムの女性も見かけるようになった。
sa-mati.jpg


↓モスクで祈る人々
SARA-MOSUK.jpg



ヨーロッパにありながらオリエンタルな雰囲気の漂うこの町は

クロアチア系住民が集うカトリックの教会や

セルビア系の住民用のセルビア正教の教会もあったりして、

他民族が共存するボスニアという国家の複雑さを肌で感じることができます。

そのボスニア。

国際的には単一国家ボスニア・ヘルツェゴヴィナとして認知されていますが、

実は主にボスニア人とクロアチア人が住むボスニア・ヘルツェゴビナ連邦

セルビア人主体のセルビア人共和国という2つの共同体に分かれているんですね。

それを目の当たりにすることができるのが、この国の通貨。

それぞれの共同体で異なるデザインが起用されているんです。

↓20マルク札。上がボスニア連邦、したがセルビア人共和国のデザイン。
okane.jpg



そしてサラエヴォの街はボスニア連邦とセルビア人共和国の境界線上に位置し、

例えばクロアチアへ向かうバスはボスニア連邦側にあるターミナルから、

セルビア共和国(セルビア人共和国とは違う)の首都ベオグラードに向かうバスは

セルビア人共和国側のターミナルから出るようになっています。


通貨は両方ともボスニア全土で使えるし、両共同体間も自由に行き来できるのですが、

やはりお互いの民族は「違う」という無言の主張を肌で感じました。


そして、サラエヴォといえば、第1次世界大戦の引き金となった

サラエヴォ事件

オーストリア皇太子が暗殺されたこの事件は当時のオーストリア・ハンガリー帝国の支配に不満を持つ

セルビア人青年が引き起こしたもの

↓ここがその現場
IMG_4952.jpg

↓事件を示すプレート
SARA-JIKEN.jpg

↓そこに架かっていることで有名な、ラテン橋
SARAEBOHASHI.jpg

そして、つい最近のボスニア紛争ではサラエヴォの街は

ボスニア軍と旧ユーゴ(セルビア)軍との争いの最前線であり、

ここでも市内の至る所で紛争の傷跡を見ることができます。

↓銃弾だらけの建物
SARA-JYUUDANN.jpg


サラエヴォ新市街のメインストリートは紛争当時「スナイパー(狙撃兵)通り」と呼ばれ

道沿いの高層ビルに潜んだセルビア兵が、通りを動く全てのものを標的に狙撃を行い、

女性や子供も含め、多くの犠牲者が出たそうです・・・

↓スナイパー通り
SNIPER.jpg


このスナイパー通りにある、現在の営業中のホテル、ホリデイ・イン。

ここは紛争中でも唯一営業を続け、紛争を世界に伝える各国ジャーナリストの溜り場となっていたんだそう。

↓よく見ると銃弾の跡が残っている・・
CIMG8069.jpg

今ではすっかり平和を取り戻したように見えますが、まだまだ民族間の問題や、紛争時の事について

話をするのはタブー視されてるらしく、まだまだ紛争の二文字は圧し掛かってるように感じました。

修復されつつある町のように、人々の心の傷もまた癒えていきますよう・・・

SARA-TOUKARA.jpg

<ぷちサラエヴォ情報>
○交通情報;モスタル~サラエヴォ間

      電車は1日2本(午前7時54分発と午後に1本)

      片道10マルク(約600円)。学割も効いて片道7マルク(約420円)

      所要約3時間。

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平和の架け橋~モスタル~

バカンスだったクロアチアを離れ、今日から旧ユーゴ圏を回ります。

まず最初に訪れたのはボスニア・ヘルツェゴヴィナ

第2の町であるモスタルへやってきました。


ボスニアはヨーロッパなれど、15世紀から400年続いたオスマン・トルコの支配の影響を受けて

イスラム教徒が多く、どちらかといえばトルコに近い。

↓町の至る所でモスクを見かける。
mos-mosk.jpg


↓トルコでよく見たお土産。
omoyage.jpg


ボスニアといえば、思い浮かぶのはボスニア戦争ですね。

1990年代に旧ユーゴスラビアが解体した際、

キリスト教徒が大半を占めるセルビア人主体のユーゴスラビアと

独立を希望するボスニア・ヘルツェゴビナとのこの紛争は記憶に新しいと思います。



このモスタルの町も中心を流れるネレトヴァ川を挟んで

東側がムスリム系のボスニア人

西側がキリスト教系のクロアチア人

と古くから住み分けがされています。

↓モスクと教会が共存している。後ろに小さいけど十字架が見えます。
mosuku-t.jpg



そしてユネスコの世界遺産となっている、モスタルの1番有名な観光スポット、

スターリ・モスト


この石橋は東側と、西側とで古くから住み分けがされていた、

この町の平和の架け橋として町のシンボルとなっております。

↓こちらがスターリ・モスト
mos-hasi1.jpg
mo=hasi2.jpg


↓下からの眺め。
hashinoshita.jpg


実はモスタルとは「橋の守り人」という意味なんですね。

両者が長く共存して暮らしていたこの町の歴史を物語っている感じがします。


↓橋からのダイブが度胸を試す
diving.jpg


さて、このスターリ・モスト1993年にモスタルの町とともに

破壊され、10年以上たった2004年になってようやく復元されたようで、

町を歩けば、戦争の生々しい傷跡をそこらで目の当たりにします。

↓銃弾の跡が残る建物
jyuudanato=mo.jpg


↓破壊されたままのビル
IMG_4872.jpg


しかし、現在では紛争の傷も癒えてきて、この町は実に平和な観光地に戻っており、

人々の表情も明るくなっているように見えました。

この平和がずっと続きますよう。。。

↓雑草のように道端に生えていたいちじくの木
itijiku2.jpg



<ぷちモスタル情報>
○交通情報;ドブロブニクからモスタルへ行く人へ
        バスで行くことが可能です。
        95.5KN(約1500えん)

○宿情報;Hostel Miran
     住所 Lazetica 13, Mostar, Bosnia-Herzegovina 88000

     ドミ 20KM(約1200えん)
     WI-FIあり。
 キッチンもありとなってますが、これは果たしてキッチンと呼べるのかというような代物です。。
廊下に無理やり設置したような感じでしたが、まぁぎりぎりパスタくらいは
作れます。
シャワーのお湯は温めて溜めておくタイプなので、2人ほど使ったら、また温まるまで
待っておかなくてはならず、そこが少し不便でした。
駅からは歩いて5分ほど。立地は悪くないです。

↓こんなキッチン
kitin.jpg

↓頑張ってプッタ・ネスカを作った。これくらいは出来ます~
puttanesuka.jpg


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