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1国1レストラン~ドイツ編~

さて、今回はドイツでのお食事についてレポです。

まず、連れってもらったレストラン。

もうお友達任せだったので、何の情報もありませんが、(役立たず)食べたものをご紹介~

ヨーロッパらしい、アウトサイドの席で、全てお任せモードで待っていると、

まず前菜に出てきたのは、サラダ。

シンプルな白菜のサラダでしたが、甘酸っぱいマスタードのようなドレッシングがかかってて、美味しかった。

胃の中もさっぱりして、食欲が沸きます。

前菜が美味しいお店は期待が持てますね。
zensai.jpg


そしてお次はホワイトアスパラの1品。
asupara.jpg

どーんと太いアスパラに酸味の利いたマヨネーズ風味のドレッシング。肉厚のベーコンとマッシュポテトを巻いて食べる。

シンプルながら、これまた美味い!

そして、お次は。。。。

pasta.jpg

・・・何じゃこりゃ?って思いますよね。ぁたくすも思いました。

これは、一種のパスタなんです。千切ってボイルしたパスタを、チーズと一緒に炒めたようなもの。
(名前聞いたけど忘れた。←役立たず

パスタのもちもちした食感と、チーズのぱりぱり感。塩気もベストで、とても美味しかった!

そして、メインです。

定番のシュニッツエル!いわゆる子牛のカツレツですね。

でも、さすが本場なだけあって、さっくさくの衣に、しっかり味のついた子牛!何もつけなくても、めちゃ

美味しかった!しかし、全部すごい量で、付け合せの野菜もポテトがどーん!って感じで、

オナカぱんぱん。こんなの毎日たべてたら、そりゃ横に育ちますね・・・
syunittueru.jpg

このお友達には洗濯してもらってり、朝ご飯作ってもらったり、いろいろお世話になったので、

最後の日に日本食をご馳走することにしました。

そして、お買い物に行った先で見つけたすごいもの!

beer.jpg

ビール!!
この棚全部ビールです!すっごい種類!さすがドイツと言えば。。。ですね!

昼間っからおばちゃんもジョッキで飲んでます~
oba-beer.jpg

そしてやっぱり安い!16本入りのビンビールが14,99ユーロ!天国!

CIMG6067.jpg

値段も一流なら味も一流でしたよ。1番やっすいビールを買っても、しっかり味があって、めちゃ美味しかった。

後は、珍しい缶詰で、こんなものも~

↓アーティーチョークです。使ってみたい・・・
a-ticyoku.jpg

↓フルーツの缶詰も種類が豊富!イチゴなんてのもあった!
CIMG6065.jpg


さて、本日の献立は親子丼・肉じゃが・豆腐の味噌汁・きゅうりの浅漬けです。

口に合うかとっても不安だったんだけど、美味しいといって、綺麗に食べてくれました!よかったー!!

wasoku.jpg

最後に皆でぱちり。

↓実は同い年だった、シルビア(ぁたくすの左側)とカタ。
silvia.jpg

とっても居心地の良かった友人宅を後にして、明日はチェコのプラハへ向かいます。

旅人が絶賛する町プラハ!どんな素敵な景色に出会えるでしょーか?



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[ 2011/07/14 15:27 ] ドイツ | TB(0) | CM(2)

ベルリン観光記

壁以外にもベルリンには見所がいっぱいありました。

まず、

観光の一環となっている、ベルリンの信号!これは前回の記事を

見ていただいたらわかるように、西と東で表記が違うんですね!

↓西側
singou.jpg


↓東側
besingou2.jpg
bwsingou1.jpg


何故か、共産圏の東側のほうが、お洒落な信号。やっぱり可愛いからか、このマークのお土産も
いっぱい売られていた。

それからユダヤ人の鎮魂のために作られたらしいこのミニュメント。

だんだんブロックが大きくなっていくんですが、地元っこのかくれんぼ場所と化してました・・

↓モダンな雰囲気
monyu.jpg
monyu2.jpg



それからドイツ連邦議会議事堂です。前は豪華絢爛な建物だったらしいんだけ

ど、ナチスの陰謀により、炎上してしまい、現在の形になったらしい。
be-gijidou.jpg




それから、ドイツの象徴となっているブランデンブルグ門。

プロイセン王国の凱旋門として建てられた。
IMG_3074.jpg



ブランデンブルグ門からすぐの大聖堂。天井のドームが迫力満点!
bekyou.jpg



そして、カイザー・ウィルヘルム教会。

戦争で破壊され、悲惨さを今に残すため、修復されずに残ってるらしいのだが、この教会、

内部がとても綺麗だった。

↓青一色!残念ながらこの日は曇りだったんだけど、光が入ったら素晴らしいだろうな・・・
kyukai.jpg



そして、町歩きをしてたらなんとりんごが配られていた!

どうやら、この会社が保険のお客様満足度で1位を獲得したらしく、感謝のために配られていたみたいなんだけど、

これ、日本ではせいぜいティッシュですよね。それが、しっかり食べごろの、冷えたりんご!

ちょうどのどが渇いてたのでとても嬉しかった。
apple1.jpg


↓箱も可愛い
apple2.jpg


それから、ワールドクロック。世界中が今何時か分かります。日本はこの時夜7じだったみたいです。
tokei.jpg


こんなお店もありました。

↓ドイツならでは!ホットドッグ屋台がこんな状態!ちょっと大変そう・・・
CIMG6057.jpg

↓7?8人?のりの自転車。たのしそー!
cyari.jpg

↓ベルリンは何故か熊がシンボル。旗が可愛い。


IMG_3110.jpg
kumahata.jpg


そして、ベルリン市内では至る所で蚤の市が開かれていました。

ハンガリーでのリベンジ!とばかりに可愛いワンピースを探したんですが

20ユーロなど意外と高い。。。その理由は、なんと出店者の方の手作りだからなんだそう。

なるほど、それなら頷ける。

しかしぁたくすサイズが合わなくて、やはり断念してしまったんですが。。。

↓それでも歩くだけで楽しかった
furim.jpg
furim1.jpg


楽しく観光を終え、ドイツ料理のレストランに連れてってもらいました。

レストラン&食べ物記事はまた次回のお楽しみに~



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[ 2011/07/13 12:10 ] ドイツ | TB(0) | CM(4)

世界一有名な壁

もともと予定に入ってなかったんですが、盗難騒ぎにあったため、予定変更して

ドイツはベルリンにやってきました。

超~物価高なため、西はあまり行かない予定なんですが、ここでは知り合いさんが

泊めてくださると暖かく申し出を下さったため、行くことになりました。

いやーありがたい

ハンガリーからここまで、家電屋さん回ってPC探していたものの、中々いいのがなかったんだけど、

ここドイツでやっと価格・大きさ・機能共に気に入るものが見つかりました!良かった・・・・


↓2代目PC。サムスン製。アジアだからか、日本語表記も入ってた!素晴らしい・・・
IMG_0003.jpg


そして、我が愛しの妹君が、放浪しているワガママな姉の為、送ってくれた荷物も

無事届いてました
家族に感謝。

せっかくなので、ベルリン市内もきちんと観光してきます。


ベルリンといえば、そう、ベルリンの壁ですね!

今でも1部が残されているんですが、アーティスティックな壁に様変わりしてました。

↓歴史を目の当たりに・・・
bekabe.jpg
bekabe4.jpg


しかし、壁というイメージから、ものすごくたかーいものを想像してたんだけど、せいぜい3Mほど?

思ったより小さかったのが意外でした。

↓ぁたくすがちょうど壁の真ん中くらい
bekabe3.jpg


そう、そして「ベルリンの壁」というものが実際どんなものかご存知ですか?

ぁたくすも、何となく歴史で習ったよなーって感じだったんですが、調べていくにつれて、色々分かってきました。

まず、これは第2次世界大戦にかかわってきます。

敗戦国となったドイツは、戦勝国である、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連
4カ国によって管理されることになるんですが、ベルリンはソ連が管理していた

ドイツ東部にありながら、ナチスの本部があった関係でこの町もやはり4カ国の

共同管理となったことが始まり。

しばらくして、資本主義国である、アメリカ・フランス・イギリスが統治

していた西側が、西ドイツとして、社会主義国であるソ連が統治していた東側が、東ドイツとして、独立を

果たしたので、結果として、ベルリンの西半分が東ドイツ内にある西ドイツの飛び地として、

残ることとなりました。

↓図で見るとこんな感じ
o0380038211289600189[1]
               ドイツ領事館のHPより
 

しかし、東西の対立が激しくなり、、資本主義の西ドイツが発展を続ける中で、社会主義の東ドイツは、

経済が停滞し、国民の際活は厳しくなる一方。なので、次第に西から東に逃亡するベルリン市民が続出すること

となる。

なので、政府はコレを防ごうと、東ドイツが西ドイツとの境目に壁を作ることとなった。

これが、いわゆるベルリンの壁。

壁は西ベルリンをぐるりと囲むように約160kmにわたって建設され、その結果西ベルリンは

文字通り陸の孤島と化したのでした。

↓こんな感じ。
belrin.jpg


ただし、壁で隔てられていたものの、行き来が全く出来ないわけではなく、

西ドイツに住む人々は東側を訪ねたり、西ドイツから東ドイツ領内を通って、

西ベルリンへ行くことも許可さえ得れば一応可能だったみたいなんですが・・・

そのためには、チェックポイントなるものを通過せねばならず、

かなり厳しい審査があった上に、東ドイツを通過する際は制限時間が設けられていて、

その時間内に東ドイツ内を抜けねばならなかったり、かなり面倒だったみたいです。

そして、東ドイツの住民は西側へ行くのはほぼ不可能だったようで。。。

↓現在も残されているチェックポイント
check.jpg



ところで、ベルリンの壁崩壊の原因ってご存知ですか?

実はちょっとした放送事故がきっかけだったんです。

国民の不満も高まり、行き来の自由化を求められていた当時、

ついに東ドイツの政府が、西側への旅行を許可する法案を固めました。

しかし、まだいつから実行されるか決まってなかったんですが、

東ドイツのTVニュースが誤って

   「その日から自由化が実行される」

と報道してしまったため、そのニュースを見た大勢の東ベルリン市民が壁に押しかけ、静止する警備員も、

   「今日から自由化やで!」

と大勢の市民に詰め寄られて、訳が分からなくなり、ついには抑えきれなくなって、

チェックポイントを開放してしまったというのが原因だったらしい。

なかなか間抜け・・・いや、面白いきっかけだったんですね。

今はもうモニュメント化した一部の壁しか見ることが出来ないので、どこに

壁があったのかはガイドや説明を見なければ分からなくなっています。

↓ここに壁があったんだよー
kabeato.jpg


それでも、東と西では、町の感じが少し違い、近代的な西側とは打って変わって

東側では共産圏特有のでっかい無機質な建物があったりして、当時の名残を感じることが出来ます。

↓東側の風景
yoinn.jpg


今回はなかなか歴史に触れた、内容でございました。

次回はベルリン市街について触れてみたいと思います~



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[ 2011/07/12 20:14 ] ドイツ | TB(0) | CM(2)




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